第6回 「魔人探偵脳噛ネウロ」―魔人と読者にだけは視える異形の顔―


魔人探偵脳噛ネウロ 1 (ジャンプコミックス)
作者:松井優征
版元:集英社
連載:週刊少年ジャンプ


パソコンの調子が悪いのと異動して忙しかったのとW杯を見れる限り全て見ていたのが重なって更新が遅れました。これからは定期的な更新を目指します。


父親が何者かに殺されてしまった女子高生桂木弥子。父の遺影の前で泣いている彼女の前に現れたのは「魔人」ネウロネウロは超常的な力を弥子に見せつけ従わせると、連れて行った喫茶店で早速殺人事件を解決してみせる。殺人事件など人の悪意が発揮される事件に潜む「謎」がネウロの主食。こうして、父親の事件も解決したネウロに言われるがまま、表に出ることを嫌うネウロの代わりに弥子は女子高生探偵として、様々な犯人に遭遇していく。


などと、書いてしまいましたが、流石にジャンプに連載されている作品のあらすじを書き出すのは少し気恥ずかしいものがあります。未読の方(いないかもしれませんが)に説明すると、ミステリーというより、Mっ子弥子がネウロにいじめいじられながら、事件に遭遇していくギャグ要素もしっかりある娯楽漫画です(作者も娯楽漫画って言ってるし)。


この作品はえげつないネウロの行為に対する、弥子の絶妙なつっこみに支えられている面も大きいし、それが大きな魅力でもあります。同時に仮面ライダーにおける「次の怪人はどんなやつ」だろうという興味と同種の、非常にアクの強い犯人も魅力的だったりします*1。ミステリーとしては、弥子が読者に近いワトソン役という形式でありがちですが、読者に推理に十分なヒントを与えるほどではないです。作者も言うようにミステリーとかそういう細かい分類よりも、色々な楽しみ方のできる娯楽漫画というところでしょう。


さて、この作品の楽しみな点のひとつが犯人だというのは上記の通りですが、既読の人はご存知の通りこの作品の犯人は犯行がばれると顔が変形します。犬になったり鼻が異常に高くなったり目と眉毛の形が鋏になったり。このちょっとしたやりすぎ感と、犯人が自分の欲望をストレートにぶちまける辺りが魅力なのです。


この犯人の顔の変形ですが、登場人物は誰も気づいていません。当然ですが、人間の顔が変形することはないのです。つまり、変形した顔は読者サービスというか、読者にだけ視える犯人の異常性を具現化したものでしかないわけです。


今回単行本を読むときに注意したのが、犯人の顔が変わったときの登場人物の反応です。登場人物の犯人に対する驚きや怒りといった反応は、犯人の欲望の告白に対してであり、変形した顔に向かうことはありません。これは意図しなければ変形した顔に驚く登場人物が出てくるはずです。


たとえば、1巻に収録されている3つの事件の犯人ははどれも、まだ異形の顔に変形してはいません。唯一変形するのが殺人シェフですが、彼はドーピングコンソメスープを注射し筋骨隆々の体に変形しますが、これは登場人物も認識しています。ですが、2巻収録の最初の事件で、犯人の顔が鳥に変形します*2


ですが、2巻以降犯行がばれた際、顔の変形しない犯人もいます。その違いは「罪の意識があるかないか」というより「自らの行為を正当化するかしないか」に拠るところが大きいです。人を殺す権利は自分にあると自惚れた人間は顔が変形し、人を殺すことの是非を認識した上でそれでも自分にはやらなければならない理由があったという人間の顔は変形していません。これは「悪鬼のような」「修羅のごとく」など異形のものを比喩として用いる日本だからありえた発想かもしれません*3。醜い自惚れを持った人間の顔だけが変形するというわけです。


ところで、その場の人間に見えていないのに、なぜこの「変形する顔」というやり方を続けるのでしょうか。確かに漫画リテラシーの高い日本の読者なら「なんでこの変な顔に誰も気づかないのだろう」という疑問は抱かないはずです。少し読めば「これはきっと犯人の異常性を具現化しただけなのだな」と無意識のうちに理解し読み進めるでしょう。そして、犯人の異常性を表現するための「お約束」なのだと分かるはずです。


ですが、それだけではないはずです。魔人であるネウロが「視えて」いるからこそ、このようなやり方をしているのです*4。実写で考えると分かりやすいと思うのですが、どの登場人物にも認識されていないのに、犯人の顔が変形したら違和感があるはずです。実写という現実に見ている世界に近い表現形式であれば、「なんで誰もわからないのに犯人の顔が変形してんだろう」と強く感じるはずです。


何の意図もないのに犯人の顔を変形させるということはないと思います。ネウロにだけは視えているからこそ、犯人の顔は醜く変形するのです。ネウロが謎を食べるシーンが証拠になります。初期は、ネウロが犯人から立ち上るエクトプラズムのような謎*5を食べる描写がありました。それが途中からなくなる代わりに、顔が変形した犯人に対応した魔界道具で懲らしめるという描写に変わっています。この変化は意図的に変えたと思います。立ち上る謎も変形した顔も、どちらもネウロ以外には認識されていないという点が共通してますし。そして、この変化は読者を楽しませる効果を生み大成功でした。


このようにネウロにだけは視えているからこそ、余計に自分の欲望をぶちまけ醜い顔を晒す犯人を懲らしめるシーンに面白さがあるわけです。それをきっちり行う作者の上手さを感じながら、今回は終わりたいと思います。


次回はアニメ化も決まった安野モヨコ働きマン」を予定しています。

*1:個人的にはアメリカ人留学生が好きでした。ああー凄くいい感じで、意図的に短所を強調したアメリカ人だー。と笑いました。あそこまでやってくれるのも魅力です

*2:もっとも2ページした変形した顔がなくそれ以降の犯人に比べるとページ数は少ないです。ですが、ここで犯人の変形させる手がかりを掴んだのかもしれません。ですが、顔の変形しないアヤの後に登場したフリーライターの犯人は目だけが変形するだけに留まっています。犯人の顔が完全に変形したヒステリア以降から、このやり方が定着したのではないでしょうか

*3:日本特有とは言いません

*4:現にネウロは犯人たちの変形した顔を認識しているかのように、彼らを懲らしめます。

*5:当然他の人間には見えていません。かろうじて場の雰囲気が変わったことを弥子が認識している程度